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中国・三国志旅行6日目(昼食&華清池)

兵馬俑観光を終えて昼食をいただきます。西安はさすが観光都市なだけあって、今までの(辺境の)三国志遺跡のようなのんびりとした空気はなく、これぞ中国!といった感じの、わやわやしたあの感じ。お土産を眺めていても、お昼ごはんを食べていても、すかさず日本語で話しかけてこられて、かえってなんだか落ち着きませんでした。
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中国・三国志旅行6日目(朝食&兵馬俑)

この日はまず世界遺産である兵馬俑を見学に行きます。この日は朝からずっと雨。西安はあまり雨が降らないそうなのですが、ガイドさんいわく、1週間前からずっと雨で、天気予報では1週間先までずっと雨なんだとか・・・。しかも、とんでもなく寒く、ガイドさんは革ジャンを着ていました。初日の成都が暑かったのに。中国は本当に広い!
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中国・三国志旅行5日目(ひたすら車移動&五丈原)

夜行列車で一晩かけて移動する距離を、なんと車で5時間で移動してしまうとのこと。しかも山道。本当に大丈夫なのかなぁ、と内心不安。昨日も訪れた、蜀の桟道をずんずん越えて、車は山道へ入っていきます。途中、通行止めに遭ったり、雨が降って来たりで、かなり時間をロスしてしまいまいた。はたして、時間内に五丈原へとたどり着けたのか?
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中国・三国志旅行5日目(朝食&漢中博物館)

古そうなホテルだな、と思っていたのですが、案の定、朝、エレベーターに乗ろうとボタンを押しても、一向に止まらずにスルーされ続け、危うく集合時間に遅れそうになりました。まぁ、乗ったエレベータが止まらなかったワケでは無かったので良かったとしよう。
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中国・三国志旅行4日目(夕食)

昼食をたらふく食べた上に、お茶屋さんでお茶をがばがば飲んだため、お腹が全く空いていない、というかまだ満腹に近い状態。しかし車は数分であっさりと夕食のレストランへ到着してしまいました。あまり食べられないやろな、と思っていたのですが、いざ食べ始めると、どんどんお腹に。この日も美味しくいただきました。
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中国・三国志旅行4日目(明月峡古桟道)

漢中王設壇処を後にして、車で蜀の桟道こと明月峡古桟道へと向かいます。車はずんずんと山道へ入っていきます。漢中から約1時間か1時間半ぐらいで到着しました。断崖絶壁に穴を開け木材の支柱を差し込み作られた蜀の桟道。その桟道そのものは歩けませんが、一部補強された部分は遊歩道として歩けます。その後、この近郊はお茶が美味しいということで、蜀の桟道から帰る途中で立ち寄ることになりました。
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中国・三国志旅行4日目(古陽平関&漢中王設壇処)

この日は続いて古陽平関へ向かいました。古陽平関は曹操VS張魯の陽平関の戦いと、曹操VS劉備の漢中争奪戦の舞台となった場所です。そんなすごい場所なのに、驚くぐらい何もない田舎でした。漢中王設壇処は劉備が漢中王を名乗った由緒正しき場所です。ドラマや映画、漫画やアニメでは盛大に描かれるシーンですが、いろいろな意味で衝撃を受けました。
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中国・三国志旅行4日目(馬超墓&武候墓)

すっかり満腹になって次に向かう場所は、武候墓。成都でも武候祠を見ましたが、陝西省にもあるようです。その途中、馬超のお墓へ立ち寄ります。馬超(字:孟起)は蜀の五虎大将軍の一人で、その容姿から錦馬超と称えられています。ガイドさんによると馬超のお墓は過去5、6回盗掘に遭ってるそうです。
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中国・三国志旅行4日目(定軍山&昼食)

三国志では定軍山の戦いで有名な定軍山へ向かいます。定軍山の戦いとは漢中をめぐる劉備と曹操との間で行われた戦いです。蜀の黄忠(字:漢升)が、魏の夏候淵(字は妙才)を破った場所、それが定軍山です。あと、定軍山は諸葛亮が埋葬された場所でもあるそうです。とすると、さっき見た勉県武侯祠には何が埋まってたんだろう?
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中国・三国志旅行4日目(朝食&勉県武侯祠)

今回の旅行で(恐らく)一番良いホテルだったのか、朝ごはんのメニューもかなり豊富でした。この日はまず勉県武侯祠を見学に行きました。諸葛亮の為に建てられた武侯祠は中国各地に点在していますが、勉県武侯祠は中国最古の武侯祠です。2日目に訪れた成都武侯祠と比べると、まったく違う雰囲気でした。
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