高野山で宿坊体験

日本
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和歌山県にある高野山に1泊2日で行ってきました。
実は高野山は、我が家から日帰り可能な距離。
今まではずっと日帰りで訪れていました。
でも、せっかく高野山に行くなら宿坊も体験してみたい。
ということで、1泊2日で高野山を満喫することに。

高野山の入り口でもある大門。
国内では2番目に大きな金剛力士像が屹立しています。
ちなみに一番大きい金剛力士像は奈良の東大寺にあるとのこと。
金剛力士像もさることながら、門自体も立派で大迫力。
しかし、この大門周辺は意外と観光客が少ない。

高野山の大門は国道沿いにあるため、自動車やバスだとそのままスルーしてしまうんです。
「おおっ、見えてきた、わーすごーい!すごーい!あああぁぁぁぁ……」
といった感じ。
さらにケーブルだと女人堂と呼ばれる場所から高野山に入るので、最初に大門をくぐる人は意外と少数。
徒歩で山を登ると、登り切った場所にドドーンと表れる門なのです。

せっかくなので私たちは大門からスタートして高野山を巡ろうと思います。
駐車場に車を止め、大門まで徒歩で引き返し、いざ高野山見学スタート。

そしていきなりですが、お腹が空いたので昼食をいただきます。
もちろん精進料理です。

金剛曼荼羅の世界観を体現した金剛懐石です。
ごま豆腐をはじめ、お豆腐づくしのランチ。
精進料理って質素な料理のイメージでしたが見た目も鮮やか。
しかも食べ応え満点です。

さらに胎蔵懐石。
胎蔵界曼荼羅を体現した盛り付けになっています。
今風に言うと、インスタ映えするメニューです。
どちらの料理も見た目のインパクトだけでなく味も絶品。
ほぼ全て豆腐かごま豆腐なのに、全て異なる味わい。
高野山に到着して早々、ごま豆腐のおいしさにすっかり魅了されました。

私たちがお食事をいただいた角濱ごまとうふ店さんは、ごま豆腐の製造販売もしているお店。
直営店が経営しているレストランなので、味は間違いありません。
レストランの入り口には、作りたてのごま豆腐がスタンバっていました。

広々として明るく非常に居心地の良いお店でした。
店内では袈裟を着たお坊さんもお食事されています。
地元(?)の人も訪れる名店なので間違いありません。

お腹を満たして訪れたのは、大門から一番近くにある金堂。
ちなみに、読み方は「こんどう」だそうです。
金堂は高野山最古の歴史を持つ建造物。
平安時代前期に創建され、その後、7回再建されているとのこと。

現在の金堂は1932年に再建されたもの。
耐震耐火も備えた、鉄筋コンクリート構造だそうです。
歴史を感じる外観ですが、中身はしっかりとアップデートされています。

金堂は拝観料500円で内部の見学もできます。
私たちは「諸堂共通内拝券」を購入。
諸堂共通内拝券とは、高野山内の有料の施設を割引価格で参拝できるお得な割引券。
有料施設を全てまわると2,200円かかるところを1,500円で見学することができます。

続いて訪れたのは六角経蔵。
鳥羽上皇の皇后である美福門院が、鳥羽上皇の菩提を弔う紺紙金泥一切経を納めるために建立した経蔵とのこと。

ちなみにこの六角経蔵、動きます。
木造の建物の下部にぴょこぴょこと角のような棒が刺さっています。
この棒を押すと、建物全体を回転させることができるんです。
例えとしてどうかと思いますが、石臼を引くロバの人間バージョンのようなイメージ。
一周すると、一切経を一通り読誦した功徳が得るとのこと。

非力な夫婦2人で押してみましたが、意外とスムーズに動かせました。
「え、あれ、動くの?私たちもやってみたいけど、邪魔しちゃ悪いわね」
みたいな雰囲気で、他の観光客の方々が温かく遠巻きに見守っておられました。
いやいやいやいや、そこはぜひご一緒に!
その方が私たちもラク……いや、楽しいと思いますよ。

ずんずん奥に進むと表れたのが山王院。
山王院は一般には公開されておらず、内部を見学することはできませんでした。

続いて西塔。
読み方は「さいとう」だそうです。
現在の建物は天保5年(1834年)に再建されたものとのこと。
塔内は立体の曼荼羅として構成されているのだとか。

残念ながら塔内へは入ることはできません。
しかし、外の小窓から塔内を拝観することができます。

さらにずんずん進むと、ひときわ鮮やかな朱色の大塔に到着。
根本大塔とも呼ばれています。
さすがにここは観光客でにぎわっています。

本来はこの大塔と西塔を二基一対として建立する予定だったそうです。
建立が遅れたため、西塔はお大師様のご入定後に完成したとのこと。
ということで、大塔内部は西塔と同じく、立体曼荼羅で構成されています。

大塔は内部に入ってじっくり見学することができます。
大塔も西塔もご本尊は胎蔵大日如来。

大塔ではご本尊の貴重な後ろ姿を拝観することができます。
正面から拝観するのとは違った迫力です。
正面のお顔は優しく見守って下さっている感じ。
後ろ姿は導いて下さっているような頼もしさと安心感があります。

大塔から奥に進むと、見えてくるのが東塔。
「とうとう」と読むそうです。

西塔が1834年建立に対して、こちらの東塔、1843年に一度焼失してしまっているのだとか。
現在の東塔は1984年に再建されたものとのこと。
高野山の中では比較的新しい建物です。

大塔から金剛峯寺へと続く蛇腹道。
非常に心地よく、癒やされます。

金剛峯寺に到着。

外から参拝するだけでもOKですが、中に入ることもできます。
ちなみに、内部はめちゃめちゃ広いです。
入り口の受付で御朱印帳を預けておくと、番号札を渡されて帰りに受け取るシステムになっています。

外観は飾り気の無い無骨な印象(失礼!)ですが、内部には美しい庭園もあります。

紅葉にはまだちょっと早い時期でしたが、充分綺麗。

日本最大級の石庭、蟠龍庭です。

金剛峯寺内部には豊臣秀次が自害をした「秀次自刃の間」や、
超巨大な台所などもあり、見どころ満載。
寺という名前ですが、城と言われても違和感はありません。
大広間でお茶とお菓子をいただきながらご住職の説法を聞くこともできます。

金剛峯寺を後にして、女人道へ向かって進むと徳川家霊台に到着。
徳川家霊台には、徳川家康と秀忠親子が祀られています。
徳川家霊台が建立されたのは3代将軍である徳川家光の時代。
普段は非公開ですが内部の意匠が日光東照宮と同じ技法で作られているそうです。
重要文化財かつ世界遺産で、日本と世界からお墨付きをいただいた建築物でもあります。
しかし、高野山のメイン会場から離れた場所にあるため、いつ訪れても人がまばらで閑散とした印象。

2つの霊屋の見分け方は非常に分かりやすく、鳥居が立っている方が徳川家康の霊屋。
あと、干支にちなんで家康霊屋には虎の彫刻、秀忠霊屋には兎の彫刻があります。

とここで、わやわやとフランス人観光客の一団に遭遇。
一転、大人気スポットに早変わりしました。
正直、歴史的なバックグラウンドが分からないと何の変哲もないただの古い建物では?
とこちらが不安になるのですが、意外と興味津々のご様子。

「フランス人が徳川家康の霊台とか興味あるんですかね?」
とガイドさんに尋ねてみましたが、
「どうなんでしょうねえ?」
とガイドさんもよく分からない様子。
「古いモノってスゴイよね」
という感覚は日仏共通の価値観のようです。
ちなみに高野山はもともと外国人観光客が多いですが、中でも群を抜いてフランス人が多い印象(コロナ前の話です)。
高野山にはフランス人を惹きつける何かしらの魅力があるのでしょうか。

さて、一通りお寺関係の見学を終えて、今日宿泊する一条院に到着。
宿坊とひとくくりに言っても、高野山には宿坊が多くて迷います。
一条院は料理が非常においしいとのこと。
解脱にほど遠い私たち夫婦にピッタリの宿坊と言えます。

ちなみに高野山には天然温泉を完備した宿坊もあるそうです。
こうなるともはや宿坊ではなく、単なる温泉旅館と勘違いしてしまう人も少なくないのでは。
実際、楽天トラベルなどで高野山の宿坊のレビューを見てみると、
「サービスがイマイチ」
「料理が普通だった」
など、温泉旅館と勘違いされている方々の辛辣なご意見も見受けられます。
しかし、あくまでもお寺に宿泊させていただいているという謙虚な気持ちを忘れないようにしたいですね。

広々とした快適なお部屋です。
部屋の奥には洗面所とトイレがあり床暖房完備。
トイレはドアを開けると自動で照明が点灯し、フタが開く最先端仕様でした。
歴史を感じさせる古めかしい外観とは裏腹に内部は最新鋭の設備。
一条院に限らず、平安時代前期に開山した高野山が今なお人々を魅了する様は、
「変化するものが生き残るものである」
という言葉を体現しているようでもあります。
さらに部屋にはテレビも設置されており、いつでも俗世の情報を入手することができます。

お部屋は中庭に面しており、窓を開けると庭を眺めることもできます。
お寺に来てこんな贅沢体験ができるとは、ありがたや。

夕食までの間、院内を散策。
襖絵や掛け軸など詳しいことはよく分かりませんが、すごく価値の高いものであることは推察されます。

さて、お部屋に戻ると待ちに待ったお食事です。
マスカットとか、ハイカラなフルーツの名前も見受けられます。

お、ちょっと少ない。
と思ってしまいますが、この後、揚げ物と炊き合わせが登場します。

気になるお味はというと、本当に何を食べても美味しい。
一口飲んだお吸い物が美味しすぎて
「ふひひ」
と変な笑いが出てしまいました。

イチジクの揚げ出しは
「なんじゃこりゃあ」
と夫に松田優作が憑依するほどの美味しさ。

デザートはメロンにドラゴンフルーツです。
マスカットに続き、何やらおしゃれフルーツが盛りだくさん。

「精進料理=質素な料理、ヘルシーな料理」と勝手に思い込んでいましたが、全然質素ではありません。
根菜や豆腐などお腹に溜まる食材が多いので、お腹が満々になります。
まさか、精進料理を食べて「胃薬持ってくれば良かった」と後悔するとは。
お寺に来て動けなくなるほど食べるって、良いのかな?
でもまぁ、残さず食べることも大事ですよね。
と、言い訳しておきます。

あまりにもお腹がいっぱいなので、腹ごなしに夜の高野山を散歩に行くことにしました。
夜の高野山が見られるのは、宿坊に宿泊する特権です。

夜の金剛峯寺。
閉まっています。

夜の蛇腹道。
昼間の喧噪が嘘のように静かです。
なんだか肝試しをしている気分。

大塔はライトアップされています。
ぞくっとする迫力です。
時々、袈裟を着たお坊さんが歩いておられるのですが、
「あのお坊さんは本当にこの世のお坊さんなんだろうか?」
と勘繰ってしまうほど、薄寂しい、ちょっと威圧的な雰囲気に包まれています。

さらに大門まで来ました。
夜の高野山はさらに外界と隔絶された感じ。
大門が常世と幽世を隔てる門といったところでしょうか。
とは言え、大門の外側は漆黒の闇。
門の内側が結界の中といった感じですね。

金剛力士像の迫力も昼間の2倍増しです。
今にも動き出しそう。

一条院に戻ってきました。
お腹も良い感じにこなれてきたのでお風呂に入ることに。
部屋には洗面所とトイレはありますが、お風呂は共同です。

お風呂は大浴場というほどではありませんが、広くて快適。
しかし、誰もいない……。
宿泊客は何人もいたはずなのに。
とは言え、貸し切り状態のお風呂は快適。
お風呂を堪能して、部屋に戻る途中に理由が判明。
8時から写経を行ってるとのことで、皆さん写経へ向かわれたようです。
私たちは写経はパスして翌日の阿息観に参加することに。(もちろん両方参加してもOK)
翌朝早いこともあり、10時ぐらいに就寝しました。

ちなみに布団は修行僧の方が部屋まで準備に来て下さいます。
この布団を敷く手際が非常に美しく、ムダが一切ありません。
私だったら、軽く布団の周りを3周ぐらいもたもたした挙げ句、まったくハリの無い寝床を整えてしまうところです。

おはようございます。
朝のお勤めを無事に終えて、朝食です。

お勤めと言っても、私はただ座って読経を聞いていただけだったのですが。
なんだかピシッと気持ちが引き締まります。
そして、もりもり盛りだくさんの朝食。
「やっぱり、日本人の朝食は和食やね(普段はパン)」
などと言いながら美味しくいただきました。

朝食後、あらかじめ予約しておいた阿息観体験に参加することに。
阿息観とは真言宗の瞑想方法。

一般的な瞑想と大きく異なる点は、息を吐くときに
「あーーーーーー」
と声に出すこと。
そうすることで、不思議と眠気や雑念に邪魔されることなく瞑想できます。
もちろん、本来はもっと奥が深~い瞑想方法だそうです。
「大丈夫かな?途中で寝ちゃったらどうしよう?」
と不安でしたが、すっごい集中できて頭もスッキリ。

阿息観で頭がクリアになったところで、この日は奥の院を訪れます。
戦国武将マニアにはたまらん場所です。

すでに何度か訪れたことがあるので、ずざざざざっと進んでまずは御廟橋。
御廟橋から先は写真撮影は禁止。

この先にある御廟では今なお、お大師様がおられるのだそうです。
弘法大師廟のすぐそばにあるのが、霊元天皇歯塔以下二十四塔。
歴代皇族の方々の歯塔、髪塔等が祀られています。

まずは弘法大師御廟の拝殿にあたる燈籠堂を参拝。
護摩行が行われていて大迫力です。

さらに燈籠堂を出てぐるりと建物を一周して、階段を下ると弘法大師廟です。
弘法大師廟は弘法大師がご入定された場所。
真言宗では、お大師様は永遠の瞑想に入られているとされています。
そのため、今でも毎日決まった時間にお食事が運ばれているのだそう。
実際、御廟へお食事が運び込まれる現場にも遭遇しました。
お大師様へのご挨拶もすませて、奥の院をじっくり見てまわりたいと思います。

まずは、織田信長のお墓です。

お墓と言っても、実際に骨が埋葬されているワケではないそうです。
いわゆる供養塔と呼ばれる、慰霊碑的なもの。
中には髪の毛や爪など、体の一部を埋葬しているものもあるとのこと。

高野山に戦国武将のお墓が多い理由は安全だから。
自分の領地にお墓を作っても、いつどうなるか分からない時代です。
万が一の場合の保険として
「高野山なら攻める人もいないだろう」
ってことだったんでしょうね。

ただ、調べてみると織田信長は比叡山に続き、高野山も焼き討ちする予定だったようです。
決行前に本能寺の変が起こったため、高野山は焼き討ちを免れたとのこと。
「高野山を焼き討ちしようとしていた織田信長のお墓が高野山にあるなんて……」
とちょっと戸惑います。

続いて、豊臣家のお墓はかなり立派。
豊臣秀吉は高野山と縁が深く、秀吉が母の菩提のために建てた青巌寺が金剛峯寺の前身とのこと。

金剛峯寺にある桐の紋も、豊臣家の家紋と同じです。
ちなみに現在の日本政府の紋章も桐の紋。
もともとは天皇から賜る「政権担当者の紋章」だそうです。

そして、奥の院で一番立派なお墓と言われているのが徳川秀忠夫人、お江の方のお墓です。

雨が降ったりやんだりでしたが、非常に心地の良い空間です。

石田三成のお墓です。
弘法大師御廟に隣接する奥之院経蔵は石田三成によって造営されたものとのこと。
今回はバッチリ見逃したので、次回訪れた際にはちゃんと見ておこうと思います。
あまり知られていませんが、高野山に縁のある戦国武将だったんですね。

伊達政宗のお墓。
高野山の中では4番目に大きなお墓だそうです(微妙)。
あと高野山奥の院には仙台伊達家、宇和島伊達家と2つの伊達家のお墓もあります。

ちなみに戦国武将人気ランキング(?)上位常連の真田信繁(幸村)のお墓は奥の院にはありません。
徳川霊台近くにある蓮華定院の裏に真田昌幸、幸村親子のお墓はあります。
蓮華定院は真田昌幸、幸村親子が逗留した真田家ゆかりのお寺。
現在は高野山の宿坊の一つでもあるので、興味のある方は実際に宿泊されてみるのもおすすめです。

続いて、上杉謙信のお墓。
上杉謙信と武田信玄・勝頼親子のお墓が向かい合って建っているのは有名。

そして、ひときわ立派な八代将軍徳川吉宗のお墓。
徳川吉宗は紀州徳川家の出身。
さすが地元の有名人です。

奥の院探索を終えて、やってきたのは角濱ごまとうふ。
2日続けて同じお店です。
前日食べたお昼ご飯があまりにも美味しかったので、また来てしまいました。

さすがにメニューまで同じでは芸が無いので、この日は龍神うどんをいただきます。
こちらの龍神うどん、龍神マッシュという必殺技のような名前のシイタケとごま豆腐の天ぷら付き。
龍神マッシュは肉厚で、しいたけの旨味がギュッと凝縮された味です。
天ぷらで食べると非常に美味しい。
ごま豆腐の天ぷらは、何とも不思議な食感と味。
ねっとりとしたごま豆腐とサクッとした天ぷらの組み合わせは、「こんな感じ」という例えが全く浮かばない。
最初は「???」な感じでしたが、後を引く味わいです。
「お昼は軽くうどん」と侮っていましたが、食べ終わってみれば、またしてもお腹満々。

昼食後に訪れたのが霊宝館。
高野山内の貴重な文化遺産が展示されています。
歴史の教科書で見たことのある武田信玄の肖像画(別人説もありますが)や浅井長政夫人(お市の方)の肖像画など、
一見、高野山とは関係がなさそうな文化財も多く、予想以上におもしろかったです。
高野山は戦国武将との関わりの深い場所なので、戦国時代好きな人はかなり楽しめる場所だと思います。

最後に訪れたのが高野山大師教会本部。
ここで、授戒体験ができるとのこと。
授戒って何?
と調べてみると、
「仏弟子として生きるための戒律を授けること」
だそうです。
高野山大師教会では、菩薩十善戒を阿闍梨から直接授かります。
ちなみに十善戒とは

・不殺生(ふせっしょう) 故意に生き物を殺さない
・不偸盗(ふちゅうとう) 与えられていないものを自分のものとしない
・不邪淫(ふじゃいん) 不倫など道徳に外れた関係を持たない
・不妄語(ふもうご) 嘘をつかない
・不綺語(ふきご) 中身の無い言葉を話さない
・不悪口(ふあっく) 乱暴な言葉を使わない
・不両舌(ふりょうぜつ) 他人を仲違いさせるようなことを言わない
・不慳貪(ふけんどん) 激しい欲をいだかない
・不瞋恚(ふしんに) 激しい怒りをいだかない
・不邪見(ふじゃけん) (因果の道理を無視した)誤った見解を持たない

とのこと。
「中身の無い言葉を話さない」って難しくないですかね。
私の話す言葉なんて9割が中身の無いどうでもいい話なんだけどな……。
あと「激しい欲をいだかない」とありますが、昨日から食欲に負け続けています。
一見、当たり前のことを言ってるようで奥が深い菩薩十善戒。
愚民は愚民らしく、守れる範囲で慎ましやかに生きようと思います。

1泊2日の高野山宿坊体験は無事終了。
宿泊するということで、高野山内の様々な施設も余裕を持ってじっくり見学することができました。
高野山内には様々な宿坊があるので
「次はまた違った宿坊に宿泊してみたいなぁ」
と思う一方、
「一条院の絶品精進料理は捨てがたい」
という葛藤も……。
高野山で様々な体験をしましたが、食欲という煩悩からはいまだ解き放たれずにいます。

 

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